宗教や心のこと

宗教や心について、考えたこと

精神論と根性論

日本人は長らく精神論や根性論が好きでした。葉隠などにもあるように徳川時代の士族に定着し、明治日本に引き継がれました。なぜ明治日本に引き継がれたかというと、フランスなどと違って、維新を起こした士族が支配階級だったからです。

明治の開国後、欧州の技術を学ぶためにフランスに派遣された旧士族が留学中、あまりの猛勉強ぶりに体を壊しはしないかと心配した下宿先の女主人が休むように勧めると、「自分が一日休むと、日本が一日遅れます」と答えて休まなかったというエピソードがあります。選ばれた秀才はともかく、普通の人なら死んでしまいます。

維新後、西洋を模倣し合理的な国造りをしてきた明治日本でしたが、試練が訪れました。ロシアの南下です。当時のロシアも現在同様大国で、列強の一つ。この前もプーチンクリミア半島を武力で奪いましたが、ロシアは昔からそうで、明治日本はロシアの南下に恐怖していました。日本はそのロシアと果敢に戦い、陸戦はともかく日本海海戦で一方的にロシア艦隊のほとんど全てを海に叩き沈めてしまいました。遅れてきた戦力にならない老朽艦隊は降伏し、ロシア沿海州に逃げ込めたのは、小さな艦2隻でした。日露戦争に勝った国内は沸き立ち、天祐とか神風などの言葉が飛び交い、合理精神は脇に追いやられ、維新後も脈々と受け継がれてきた精神論が次第に顔を出すようになっていきました。参謀本部の軍人が、統帥権なるものを持ち出すようになると、いよいよおかしくなりました。

太平洋戦争では、時代背景は分かるけれど、愚かにも勝てない相手に戦いを挑んでしまい、戦局が悪くなっても大本営発表を続けながら多くの将兵を死なせ、沖縄戦では民間にも数多の死傷者を出し、二発の原子爆弾を市街地に投下され、軍属230万人、邦人全体で300万人を超える死者と、無数の不幸を生み出してしまいました。

「断じて行えば鬼神も之を避く」と竹槍で機銃掃射に突っ込ませるのは、どう考えても正気ではありません。

太平洋戦争に負けた日本は、東京裁判で戦犯が裁かれたこともあり、精神論や根性論の馬鹿馬鹿しさに気付いて改めたのかと言うとそうではなく、人々の職場に引き継がれました。「欲しがりません、勝つまでは」的な軍国教育が民間に浸透していたからでしょう。祖母も話してくれました。

戦後の「モーレツ社員」は、自分の全てを犠牲にしてでも企業に忠誠を尽くし寝食を忘れて仕事をした人たちのことですが、日本伝統の根性論や精神論が色濃く関わっています。終身雇用・年功序列で格差が少なく、毎年の運動会や慰安旅行や頻繁な職場の飲み会があって、これから社会はどんどん良くなるという希望に満ちていた時代は、彼らが高度経済成長の原動力となりました。

しかし時は過ぎてバブルが弾け世相が暗くなり、山一證券のような一流企業が廃業したり、給与は成果主義だとか会社が株主の方を向くようになると、精神論や根性論は働く人を苦しめるものでしかなくなりました。上司が帰るまでは帰宅できないとか、定時までにやれる仕事を引き延ばして残業するなどの歪な働き方も顕在化し、日本の労働生産性の低さが盛んに指摘されるようになりました。

いつまで続くのかと思われた日本の精神論や根性論ですが、4年前の電通の高橋まつりさんの過労自殺や、その後のNHKの女性記者も過労死のあたりから、潮目が変わったと思います。ブラック企業が一層槍玉に上がるようになったり、働き方改革が強く叫ばれるようになり、法改正に繋がっていきました。彼女らの死のお陰て、いま多くの人が過重労働から解放されているといっても過言ではないように思います。彼女たちに感謝すると共に冥福を祈ります。

なお医師は過重労働もいいところです。私がよくお世話になっていたクリニックの先生は、当たり前のように毎日夜遅くまで働き、土日も働きます。いわゆる残業時間は優に月150時間を越えます。しかし医師は無茶苦茶な労働時間の割には疲弊度が小さいことが研究により分かっています。

裁量が効くこと、人を救うという使命感、救われた人から感謝される喜びなどが疲弊するのを防いでいます。また会社員であっても、自ら勉強したい、この分野の第一人者になりたい、社長に成り上がってやるなどと思っている人は、長時間働いても疲弊度が軽い。人はやらされたりネガティブな精神状態で長時間働くと疲弊するということです。

また職場から過重労働が減るのは良いことですが、反動で職場に緊張感が無くなり、まともに働こうとしない人や問題ばかり起こす人が増えるとしたら問題です。公務員はもちろん、会社員とて今でも滅多なことではクビにできません。

公務員も含め、まともに働こうとしない人や問題ばかり起こす人を当たり前に解雇出来て、彼ら彼女らが心を入れ替えてやり直せるように、また国民の誰もが普通に転職でき、やる気のある人には公的な職業訓練を当たり前のように受けられる世の中になるよう、課題は山積みですが、政治に期待したいと思います。