宗教や心のこと

宗教や心について、考えたこと

開腹

かかりつけ医へ行ってきました。成人病の定期通院です。

 

医院では、行くたびにコロナ対策が厳重になってきています。重症者が増え続け、病床数もピンチになり、高齢者が神経を尖らせていることに対応しているのでしょう。

 

先生をはじめ、ナースの皆さんも感染リスクやご家族にうつしてしまうリスクなどと向き合いながら仕事をしているわけで、有難いことです。

 

いや、そもそも医学とその土台となる科学が有難い。私は20年ほど前に虫垂炎になって手術しましたが、徳川時代であれば絶対に助かりません。盲腸が破れて腹膜炎になって、のたうち回りながら短い人生を終えることになります。


ところでその20年ほど前の虫垂炎ですが、腰に麻酔注射をして開腹手術しました。執刀医の先生はまず、私の腹をメスでザクザク切りながら、「どうですか?まだ痛いですか?」と麻酔の効きを確認してきます。「いっ・・・、痛いですっ・・・」と息も絶え絶えに答えると麻酔医の先生が麻酔薬を追加してくれたのですが、何度かそのやりとりを繰り返すうちに、「もうこれ以上打てません」と言われてしまいました。


限界量まで打ったはずなのに気が遠くなるような痛さで、のたうち回るわけにもいかず、涙目でひたすら耐えたのですが、もしかしたら麻酔の注射針が「硬膜」の近くにきちんと入っていなかったので、あまり効かなかったのかもしれません。(硬膜外麻酔)

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脊髄への麻酔

硬膜外麻酔といえば、何年か前に無痛分娩で出産していた妊婦さんが呼吸停止して亡くなった事故がありました。事故の原因は「注射針が硬膜を突き破って脊髄に達し、麻酔薬が脊髄に直接作用したので、硬膜外の場合よりも10~20倍も効いてしまい、全脊髄が麻痺し呼吸停止したため」であり、いい加減な病院で麻酔医がおらず、執刀医もいい加減な人だったようです。

 

それはともかく、この手術で2つのことを思いました。

 

1つめは、人の体は切られると、こんなにも痛みがあるのだということ。武市半平太などは「三」の漢数字を書いて切腹して果てていますが、私にはとても無理です。刃を腹に当てた状態で介錯してもらうしかありません。

 

2つめは、出産する妊婦さんの偉大さ。出産は相当な痛みだとはよく聞きます。私の手術以上なのでしょう。それに私の手術はせいぜい2~3時間くらい(盲腸が破れていて時間が掛かった)だったと思うので、わが子のためにその何倍も耐える妊婦さん偉い!です。

 

 

しんどい手術でしたがひとつラッキーだったのは、自分の腸を見ることができたこと。盲腸が破れて膿があったので、先生は手術中に何度も腸を上に引っ張り出して中を清掃しており、盲腸を切り離すときも思い切り上に持ち上げてカットしているところが見えました。切り取った盲腸も見せてもらいました。自分の腸を見るなど、普通に生活している場合はありえません。


自分の腸を見て何がおもしろいのか?それは私が見たがり知りたがりだからで、ただそれだけのことです。