宗教や心のこと

宗教や心について、考えたこと

恐怖の大王

子供のころ、人並みに特撮ものが好きでした。色々な作品がありました。再放送も盛んにやっていました。それらの主題歌は齢をとっても結構覚えているもので、子供の頃に覚えたものはよく頭に残るなと思います。

「若さって何だ? 振り向かないことさ。 愛って何だ? ためらわないことさ」という一節のある主題歌の特撮作品がありましたが、齢をとらないと分からない深い歌詞です。
 
「インドの山奥で 修行をして 提婆達多の魂宿し」と始まる主題歌の特撮作品もありました。提婆達多って誰だろう?と思っていたら、釈尊の弟子で従兄弟であり、釈尊を殺そうとした人だとのこと。また主人公が変身するときは「阿耨多羅三藐三菩提」と繰り返し唱える設定で、仏教色のある作品でした。

「宇宙に煌めくエメラルド 地球の最期が来ると言う(中略)突然嵐が巻き起こり 突然炎が噴き上がり 何かの予言が当たるとき(後略)」という主題歌の特撮作品もありました。当時は「ノストラダムスの大予言」が大流行しており、子供たちの間でもその話でもちきりだったこともあって主題歌の歌詞に取り入れたようです。(その後別の主題歌に差し替えられましたが)

この「ノストラダムスの大予言」、1973年上梓の五島勉の同名の著書から火が付いて、大いに盛り上がり、翌年に東宝から映画化されたりもしています。(毛色は変わりましたが) この作品はオカルトブームの火付け役となりました。

五島勉は函館出身のルポライター・小説家で1929年生まれ。若いころはトップ屋をしつつ「アメリカへの離縁状」や「続・日本の貞操」、「日本・原爆開発の真実」などの骨太な作品を書いていましたが、体力の問題から大衆小説化への転身を図り、折からのスパイブーム(=007)に乗っかって「危機の数は13」、「BGスパイ」などのお色気スパイ小説を書くようになります。

ちなみに「BG」とはビジネスマンから連想した「ビジネスガール」の意味で、一時日本で流行しましたが、英語で売春婦の意味があることが分かり死語に。東北大学在学中から小遣い稼ぎにポルノ小説を書いていたので、お色気部分は手慣れたものだったのでしょうが、これらのお色気スパイ作品はあまり売れませんでした。

そこで、トップ屋時代から得意としてきたオカルト分野の作品である「ノストラダムスの大予言」を出したところ大ヒット。ヒットの背景として当時のオイルショックや酷い公害問題による社会の危機意識の高まりがあり、翌年には上記の通り映画化もされました。五島勉は以後、予言本をはじめとするオカルト作品を次々に上梓するようになります。

子供同士で、「1999年の7の月に地球が滅亡するんだって!」、「恐怖の大王が降ってくるんだって!」、「それって、ソ連の核ミサイル?」、「UFOに乗った宇宙人が攻めてくるんじゃない?」、「地球が爆発するみたいだよ?」などと半分恐れながら半分面白おかしく噂しあっていたのを思い出します。

1973年当時は、このような終末思想は一種のエンターテインメントと言っても良かったと思います。しかし約二十年後、バブル崩壊後の終わりの見えない不況の中で倒産が相次ぎ、非正規雇用が増え、自殺者数が高止まりし、世相が暗くなって社会に閉塞感に満ちてくると、間近に迫る1999年に人類が滅亡するとする言説は、社会不安を煽るものとなりました。このような背景のなか、オウム真理教が教義の中にノストラダムスの予言を組み入れて布教、多くの若者が終末を信じて入信していったと云われています。

元々は五島勉が生活のために書いた作品に過ぎなかったものが、世の中にここまでの影響を与えた原因は何でしょうか?時代背景が主要因であることは間違いありませんが、彼の文才によるところも大きいと思います。そうでなければその後続々と出版した本が、それぞれに売れることはなかったでしょう。

ただ彼の文才は文系分野に限られていたようで、たとえば「危機の数は13」に登場する主人公の愛用銃の説明で、「火薬を使用せず、銃身内に詰め込まれた現代化学の粋ともいうべき強烈な圧搾ガスの力で発射する。そのガスの名は液体窒素、または液化窒素。ガスチェンバーの中に零下300度に冷却され、通常の800分の一の容積に圧縮して詰め込まれている」などとやっています。

物質は決して絶対零度(=マイナス273.15℃=0ケルビン)以下にはならないことを知らず、また液化窒素がありふれた冷却用の材料であり、爆発せず煙のように昇華するだけという性質も知らずに書いています。それに窒素はマイナス195.79℃で固体になるのですが・・・。仮にファーレンハイトだとしても、マイナス300度なら気体です。そのくらいの事はちょっと調べたら分かるだろうし、出版社の校正さんもちゃんとチェックをやんないとダメでしょうに。一般人がブログを書くのとは訳が違います。

その他、この銃が無線機にもなったり手術道具に早変わりしたり、主人公は全身を特殊ナイロンコーティングしているから未知の病原菌も跳ね返すとしていたり(トイレは?食事は?)、あまりにも荒唐無稽でリアリティがないため、売れなかったのはさもありなんというものです。

もし仮に彼にまともな知識があり、リアリティを持って「危機の数は13」や「BGスパイ」などのお色気スパイ小説を書くことが出来ていたなら、お色気の文才も相まって売れていたかもしれず、そうであれば予言などのオカルト本への転向は無かったかもしれず、であればノストラダムスブームも来ず20世紀末の終末思想が流行らず、オウム真理教もあれほど勢力拡大せずに地下鉄サリン事件も起きなかったかもしれないな・・・と考えてみたりします。歴史にIFは無いですが。